山田稔さんの新刊『山田稔自選集 1』(編集工房ノア)が出た。 既刊のエッセイ集『ああ、そうかね』『あ・ぷろぽ』を中心に、その他の作品集などから選ばれたエッセイおよそ七十篇ほどが収録されている(単行本未収録の作品もわずかながらある)。一篇が3…
「ぼくはぼくであることについてはたして自由だろうか?」 ――J.M.G.ル・クレジオ『物質的恍惚』 先月の5月16日、加藤典洋さんが亡くなった。突然のことで、驚いた。新聞の訃報記事に死因は肺炎とのみ書かれていて、肺炎にいたる病がなにかはわからなかっ…
最近みた映画にたてつづけにナボコフが出てきたので「おやおや」と思った。1本はスティーヴン・ソダーバーグ監督の『アンセイン~狂気の真実』(2018)。 全篇アイフォンで撮影されたというサイコスリラーで、ストーカーにつけ回されたヒロインが病院の一室…
アマゾン・プライムビデオでHBO制作のTVドラマ『オリーヴ・キタリッジ』(2015)を見た。エリザベス・トラウトの連作短篇集13篇から4篇をピックアップした全4話のミニシリーズだが、原作の2話ないし3話からエピソードを取って1話にしたものもある。原作…
黒川創『鶴見俊輔伝』を読んで、つよく印象づけられたことについて記しておきたい。本来なら鶴見自身の著作に直接あたりなおして書くべきだが、いまその用意がない。暫定的な心覚えとして書いておきたい。 鶴見俊輔は戦後10年ほど経ったころ、「戦争のくれた…
2018年12月12日、小津の生誕115年、没後55年のメモリアルデイに1冊の本が刊行された。田中康義『豆腐屋はオカラもつくる 映画監督小津安二郎のこと』。 田中康義氏は1930年生れ、松竹で『早春』『東京暮色』『彼岸花』と3本の小津作品の助監督を務め、『ケ…
白洲正子についてはよく知らない。随筆集を何冊か文庫本で読んだだけだ。いずれ腰を据えてじっくり読んでみたいと思っていたが、いずれなどと悠長なことを言っていられる時間の余裕はなくなってしまった。小林秀雄や青山二郎らとの交遊についての随筆はそれ…
トーマス・マンの『トニオ・クレーガー』の新訳が出た。浅井晶子訳、光文社古典新訳文庫。大西巨人の『神聖喜劇』の関連で『トニオ』を再読したのが4年前だった*1。久しぶりに新訳で読んでみたが、行き届いた清新な訳文のせいもあずかってか、前回読んだとき…
鉛筆キャップってあるでしょう? アルミニウムでできてて、キャップっていってもけっこう長いのね。そうねえ、鉛筆全長の3分の2ぐらいはあるかな、長さが。鉛筆って、ちびるでしょ。使ってると、だんだん。で、3センチぐらいになると、持てなくなるわけよ…
「なんだなんだそうだったのか、早く言えよ」は、加藤典洋さんの本のタイトルだけど、わたしも時折りそうつい呟いてしまう出来事に遭遇することがある。知らぬは亭主ばかりなり。わたし以外には、周知のことなのかもしれないけれど、立て続けに遭遇したふた…
クラフト・エヴィング商會に『おかしな本棚』(2011年、朝日新聞出版)という本がある。『らくだこぶ書房21世紀古書目録』(2000年、筑摩書房)とともにわたしの大好きな本についての本。『らくだこぶ』については、ずいぶん昔になるけれどネットで書評を書…
北村薫さんの『太宰治の辞書』が文庫本になった。単行本が刊行されたときに、「書物探索のつづれ織り」という感想文をここに書いたのがもう二年半前*1。単行本は新潮社から出たけれど、文庫は創元推理文庫です。《円紫さんと私》シリーズですからね、当然で…
車谷長吉の小説を初めて読んだのは20年ほど前、たしか1996年前後だったかと思う。当時住んでいた京都市内の図書館の書架で見つけた『鹽壺の匙』(1992)を借り出したのが車谷の小説との最初の出遭いだったはずだ。『鹽壺の匙』は第一短篇集で、芸術選奨文部…
過日、久しぶりに所用で都心に出かけ、午後すこし時間があまったので古本屋を覗いてみることにした。JR中央線荻窪駅前のささま書店。かつて国分寺に住んでいたころは通勤の帰りに週に一度はかならず立ち寄っていた店だ。百円均一の本を一冊レジにもってゆく…
――「おそらく愚かしい偏見なのだろうが、人々が電話機を使って写真を撮るという行為に、私はどうしても馴れることができなかった。写真機を使って電話をかけるという行為には、もっと馴染めなかった」(第2部、283頁) 村上春樹の新作『騎士団長殺し』は、発…
生来の出不精にくわえ寒さにはからきし弱いので、もっぱら冬眠していた。このところすこし暖くなってきたので、啓蟄にはすこし早いが冬籠りから這い出して、九段の二松學舎大学で催された「大西巨人の現在――文学と革命」という公開ワークショップを聴講しに…
――おひさしぶり。最近どうしてる? ――浦の苫屋の侘び住まい。 ――なにそれ。 ――酒も薔薇もなかりけり。あいかわらず本と映画の日々ですよ。たまに仕事を少々。 ――最近、なにか面白い本読んだ? ――遅ればせながら『狂うひと』を読み終えたばかり。 ――島尾ミホ…
日がな一日のんべんだらりと過している。本を読み、映画を見、家事をし、また本を読む。その繰返しで一日が過ぎ、一週間が過ぎ、ひと月が過ぎる。時のたつのが早い。Time flies by. 時は翼をもつ。翼をもたないわたしは時に置き去りにされ呆然と立ちすくむ。…
大西巨人に『春秋の花』という著作がある。古今の詩歌句あるいは小説や随筆の一節を掲出して短文を附したアンソロジーである。大岡信の『折々のうた』のようなスタイルの本ですね。なかに「よみ人しらず」の歌も古今集から選ばれているけれど、それとは少し…
目をこらしてみたが、鳥の姿を認めることはできなかった。鳴き声だけだ。いつものように。とにかくこのようにして世界の一日分のねじが巻かれるのだ。 ――村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』 1 その鳥の存在に最初に気づいたのが誰だったのかいまではさだかで…
O様 台風の影響でしょうか、今日は朝から雨が降りしきっています。いつものように、向かいの樹林を眺めていたら、あ、鷺が! 雨の降る日に時折り姿を見せます。今朝は畑に着地して、なにやら思案気の風情。さて、どうしようかと考えているのでしょうか。しば…
もう随分まえのことになるけれども、クッツェーの『恥辱』という小説についてここでふれたことがある*1。いい小説だと思い、いくつかの場面についてはいまも印象につよく残っている。だが、最近読んだある本によって、わたしは自分の無知を思い知らされるこ…
昨日16日、ブルームズデイにちなんでジョン・ヒューストンの『ザ・デッド』を観た。以前BSで放映されたものの録画で、二度目か三度目かの再見になる。見直して新たに気づいたことなどについて二、三書いてみよう。 ストーリーは簡素だ。二人の老嬢姉妹ケイト…
以前書いた「MONKEY」の村上春樹・柴田元幸対談「帰れ、あの翻訳」*1で予告されていた「村上春樹・柴田元幸 新訳・復刊セレクション」が「村上柴田翻訳堂」として刊行され始めた。第1回の配本がカーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』(村上訳)とウィ…
O様 昨日は終日氷雨が降りしきっていましたが、今日は一転して朝から快晴。窓の向かいの樹林が暖かな陽射しをあびてきらきらと輝いています。風に吹かれて小梢がゆらゆらとダンスを踊り、葉鳴りがひそひそと何かをささやきかわしているかのようです。ナボコ…
片岡義男・鴻巣友季子『翻訳問答』については以前ここで書いたけれども*1、その続篇『翻訳問答2』が出た。今回は趣向をあらためて、鴻巣さんと5人の小説家の対談という形式になっている。奥泉光、円城塔、角田光代、水村美苗、星野智幸がそれぞれ、吾輩は…
矢部登さんの『田端抄』が開板された。龜鳴屋本第二十二冊目*1。矢部さんが出されていた冊子「田端抄」については三年ほど前にここで触れたことがあるが*2、「田端抄」全七冊から三十篇、それに新たに四篇を加えて構成したと覚書にある。巻末に木幡英典氏撮…
この2ヶ月、これはすごいという作品には巡り会えなかった。なにか書いておきたいと思わせられた作品は、残念ながらほとんどなかった。2つの作品を除いては。もっとも、毎月すごい作品にいくつも出会えるわけはないのだけれど。 その稀な作品のひとつはステ…
植草甚一ふうにいうと、「MONKEY」最新号の村上春樹・柴田元幸の対談を読んで、村上春樹はホントにアメリカの小説をよく読んでいるなあと唸ってしまった。この対談は特集の「古典復活」にちなんで、絶版や品切れになっている英米の小説について二人が語り合…
『小泉今日子書評集』が書店新刊の平台に並んでいた。読売新聞に10年間掲載された書評を集成したものだという。それぞれの末尾にあらたに短いコメントが附されている。手に取ってぱらぱら頁をくっていると、ある箇所にきて、おおっと思った。最近、文庫本…