ぼくの叔父さん、伊丹十三

鉛筆キャップってあるでしょう? アルミニウムでできてて、キャップっていってもけっこう長いのね。そうねえ、鉛筆全長の3分の2ぐらいはあるかな、長さが。鉛筆って、ちびるでしょ。使ってると、だんだん。で、3センチぐらいになると、持てなくなるわけよ…

なんだなんだそうだったのか、早く言えよ

「なんだなんだそうだったのか、早く言えよ」は、加藤典洋さんの本のタイトルだけど、わたしも時折りそうつい呟いてしまう出来事に遭遇することがある。知らぬは亭主ばかりなり。わたし以外には、周知のことなのかもしれないけれど、立て続けに遭遇したふた…

ちいさな本棚――(その1 詩集の棚)

クラフト・エヴィング商會に『おかしな本棚』(2011年、朝日新聞出版)という本がある。『らくだこぶ書房21世紀古書目録』(2000年、筑摩書房)とともにわたしの大好きな本についての本。『らくだこぶ』については、ずいぶん昔になるけれどネットで書評を書…

「あっと思った」こと――二年半後の『太宰治の辞書』

北村薫さんの『太宰治の辞書』が文庫本になった。単行本が刊行されたときに、「書物探索のつづれ織り」という感想文をここに書いたのがもう二年半前*1。単行本は新潮社から出たけれど、文庫は創元推理文庫です。《円紫さんと私》シリーズですからね、当然で…

われがもつとも惡むもの――高橋順子『夫・車谷長吉』を読む

車谷長吉の小説を初めて読んだのは20年ほど前、たしか1996年前後だったかと思う。当時住んでいた京都市内の図書館の書架で見つけた『鹽壺の匙』(1992)を借り出したのが車谷の小説との最初の出遭いだったはずだ。『鹽壺の匙』は第一短篇集で、芸術選奨文部…

日が暮れてから道は始まる

過日、久しぶりに所用で都心に出かけ、午後すこし時間があまったので古本屋を覗いてみることにした。JR中央線荻窪駅前のささま書店。かつて国分寺に住んでいたころは通勤の帰りに週に一度はかならず立ち寄っていた店だ。百円均一の本を一冊レジにもってゆく…

イッツ・オンリー・イエスタデイ――『騎士団長殺し』への私註

――「おそらく愚かしい偏見なのだろうが、人々が電話機を使って写真を撮るという行為に、私はどうしても馴れることができなかった。写真機を使って電話をかけるという行為には、もっと馴染めなかった」(第2部、283頁) 村上春樹の新作『騎士団長殺し』は、発…

「大西巨人の現在」というワークショップに出かけてみた

生来の出不精にくわえ寒さにはからきし弱いので、もっぱら冬眠していた。このところすこし暖くなってきたので、啓蟄にはすこし早いが冬籠りから這い出して、九段の二松學舎大学で催された「大西巨人の現在――文学と革命」という公開ワークショップを聴講しに…

一期は夢よ ただ狂へ――梯久美子『狂うひと』

――おひさしぶり。最近どうしてる? ――浦の苫屋の侘び住まい。 ――なにそれ。 ――酒も薔薇もなかりけり。あいかわらず本と映画の日々ですよ。たまに仕事を少々。 ――最近、なにか面白い本読んだ? ――遅ればせながら『狂うひと』を読み終えたばかり。 ――島尾ミホ…

オンリー・コネクト――バッハマン、ツェラン、アメリー

日がな一日のんべんだらりと過している。本を読み、映画を見、家事をし、また本を読む。その繰返しで一日が過ぎ、一週間が過ぎ、ひと月が過ぎる。時のたつのが早い。Time flies by. 時は翼をもつ。翼をもたないわたしは時に置き去りにされ呆然と立ちすくむ。…

高原の秋運転手ギター弾く

大西巨人に『春秋の花』という著作がある。古今の詩歌句あるいは小説や随筆の一節を掲出して短文を附したアンソロジーである。大岡信の『折々のうた』のようなスタイルの本ですね。なかに「よみ人しらず」の歌も古今集から選ばれているけれど、それとは少し…

猥褻鳥

目をこらしてみたが、鳥の姿を認めることはできなかった。鳴き声だけだ。いつものように。とにかくこのようにして世界の一日分のねじが巻かれるのだ。 ――村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』 1 その鳥の存在に最初に気づいたのが誰だったのかいまではさだかで…

蜻蛉釣り今日は何処まで行ったやら

O様 台風の影響でしょうか、今日は朝から雨が降りしきっています。いつものように、向かいの樹林を眺めていたら、あ、鷺が! 雨の降る日に時折り姿を見せます。今朝は畑に着地して、なにやら思案気の風情。さて、どうしようかと考えているのでしょうか。しば…

異邦の薫り――くぼたのぞみ『鏡のなかのボードレール』を読む

もう随分まえのことになるけれども、クッツェーの『恥辱』という小説についてここでふれたことがある*1。いい小説だと思い、いくつかの場面についてはいまも印象につよく残っている。だが、最近読んだある本によって、わたしは自分の無知を思い知らされるこ…

ゲイブリエルとグレタを乗せた馬車がオコンネル橋を渡る

昨日16日、ブルームズデイにちなんでジョン・ヒューストンの『ザ・デッド』を観た。以前BSで放映されたものの録画で、二度目か三度目かの再見になる。見直して新たに気づいたことなどについて二、三書いてみよう。 ストーリーは簡素だ。二人の老嬢姉妹ケイト…

緑色をした気の触れた夏のできごと――村上春樹訳『結婚式のメンバー』

以前書いた「MONKEY」の村上春樹・柴田元幸対談「帰れ、あの翻訳」*1で予告されていた「村上春樹・柴田元幸 新訳・復刊セレクション」が「村上柴田翻訳堂」として刊行され始めた。第1回の配本がカーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』(村上訳)とウィ…

時計の針はゆっくり流れる砂のよう…

O様 昨日は終日氷雨が降りしきっていましたが、今日は一転して朝から快晴。窓の向かいの樹林が暖かな陽射しをあびてきらきらと輝いています。風に吹かれて小梢がゆらゆらとダンスを踊り、葉鳴りがひそひそと何かをささやきかわしているかのようです。ナボコ…

あ、猫です――『翻訳問答2』を読む

片岡義男・鴻巣友季子『翻訳問答』については以前ここで書いたけれども*1、その続篇『翻訳問答2』が出た。今回は趣向をあらためて、鴻巣さんと5人の小説家の対談という形式になっている。奥泉光、円城塔、角田光代、水村美苗、星野智幸がそれぞれ、吾輩は…

炎上する花よ、鳥獣剝製所よ――矢部登『田端抄』

矢部登さんの『田端抄』が開板された。龜鳴屋本第二十二冊目*1。矢部さんが出されていた冊子「田端抄」については三年ほど前にここで触れたことがあるが*2、「田端抄」全七冊から三十篇、それに新たに四篇を加えて構成したと覚書にある。巻末に木幡英典氏撮…

目の伏せ方だけで好きになる――『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』

この2ヶ月、これはすごいという作品には巡り会えなかった。なにか書いておきたいと思わせられた作品は、残念ながらほとんどなかった。2つの作品を除いては。もっとも、毎月すごい作品にいくつも出会えるわけはないのだけれど。 その稀な作品のひとつはステ…

植草甚一ふうにいうと……――村上春樹・柴田元幸「帰れ、あの翻訳」についてのあれこれ

植草甚一ふうにいうと、「MONKEY」最新号の村上春樹・柴田元幸の対談を読んで、村上春樹はホントにアメリカの小説をよく読んでいるなあと唸ってしまった。この対談は特集の「古典復活」にちなんで、絶版や品切れになっている英米の小説について二人が語り合…

怯えるカフカ

『小泉今日子書評集』が書店新刊の平台に並んでいた。読売新聞に10年間掲載された書評を集成したものだという。それぞれの末尾にあらたに短いコメントが附されている。手に取ってぱらぱら頁をくっていると、ある箇所にきて、おおっと思った。最近、文庫本…

小説家は寛容な人種なのか、もしくは、ドイツ戦後文学について

又吉直樹の「火花」は「文學界」に掲載されたときに読んだ。芥川賞候補になる前だったが、いい小説だと思い、好感をもった。ただ、いささか「文学」っぽすぎるような印象があり、そこがいささか気になった。芥川賞受賞後、「文學界」の特集(9月号)を読み…

眠れゴーレム

五、六年前になろうか、寺山修司未発表歌集と題された『月蝕書簡』が岩波書店から刊行されたのは。寺山修司が晩年に作歌したものを田中未知が編纂した遺稿集であるという。この本の出版を新聞広告かなにかで見たときに、わたしのなかに危惧するものがあった…

山田稔『天野さんの傘』とその他のあれこれ

山田稔さんの新刊『天野さんの傘』をようやく読んだ。奥付の刊行日を見ると2015年7月18日発行となっている。その前後に本書の刊行を知り、神保町の東京堂書店に足を運んだ。いままでならレジ前の新刊平台に積まれているはずだった。しかし、そこには見当た…

戦争は懐かしい――玉居子精宏『戦争小説家 古山高麗雄伝』を読む

戦後70年といわれて、いまの若い人はどのような感想をもつのだろうか。二十歳の若者にとって、昭和20年は生れる50年前になる。わたしは昭和26年、1951年の生れだから50年前といえば1901年。日露戦争の始まる3年前になる。ロシアは革命の前、帝政時代である…

ラセラスは、余りに幸福すぎたので……  悼詞・鶴見俊輔

永井龍男に「朝霧」という短篇小説がある。“短篇の名手”と称される永井龍男の小説のなかでも代表的な一篇に数えられる名篇である(昭和24年の作)。 語り手(名を「池」という)が学生時代の友人のうちを訪ね、そこで出会った友人の父親(X氏)と母親につい…

言語・法・貨幣――岩井克人『経済学の宇宙』を読む

今週の「週刊文春」の「私の読書日記」(リレー連載)で、鹿島茂が岩井克人の新刊『経済学の宇宙』を見開き頁の3分の2以上のスペースを費やして取り上げている。私の知る限り、同著の最初の書評であり(明日、日曜の新聞各紙の書評欄のいずれかに書評が掲…

木戸にとまった一羽の小鳥――『ノヴェル・イレブン、ブック・エイティーン』を読む

タイトルが『ノヴェル・イレブン、ブック・エイティーン』、著者の「11冊目の小説、18冊目の著書」だからそう名づけたのだという。なんとも人を喰った小説(家)ではないか。 このノルウェイの作家ダーグ・ソールスターの著書をいままでに読んだことのある人…

書物探索のつづれ織り――北村薫『太宰治の辞書』を読む

北村薫さんの新刊『太宰治の辞書』が出た。久々の「円紫さんと私」シリーズ。カバー装画はもちろん高野文子さん。「花火」「女生徒」、それに書下ろしの表題作「太宰治の辞書」の三作を収録。扉裏の献辞「本に――」にゾクゾクする。残りのページが少なくなる…