2005-07-01から1ヶ月間の記事一覧

〔Book Review〕『永井陽子全歌集』

あはれしづかな東洋の春ガリレオの望遠鏡にはなびらながれ 永井陽子の代表歌である。 「私たちは詩型の外郭のみにこだわり(略)肝心の“うた”の音楽性を忘れてしまっている。今、現代短歌から最も欠落しているのは、この音楽性であろう」*1と彼女自身が自注…

くじ

私がその男に出会ったのは、新しい生活を始めた最初の日だった。男は年の頃なら五十代半ば、若い頃放蕩のかぎりを尽くしたとでもいうような、どこか崩れた雰囲気をただよわせていた。あるいはもっと若く、もしかすると私と同年輩なのかもしれない。いずれに…

〔Book Review〕J・C・カリエール、G・ベシュテル編/高遠弘美訳『珍説愚説辞典』

世に「あまたある珍にして愚なる言説」を蒐集して、項目別に編纂したのが本書である。 澁澤龍彦が「世間には物好きな人間がいたもので、こんな人を食った、人間精神の愚かしさをまざまざと見せつけるような、笑いと毒にみちた辛辣な著作はあんまり例がないで…

〔Book Review〕ポール・オースター『ミスター・ヴァーティゴ』

オースターの『空腹の技法』に「サー・ウォルター・ローリーの死」というエッセイがある。サー・ウォルター・ローリーは、十六世紀のイギリスの探検家。ジェームズ一世を謀殺しようとしたかどで幽閉され、十三年間にわたる獄中生活をおくった。オースターは…

失われた書物

当時、わたしはブエノスアイレスの郊外に滞在していた。建築学の勉強のためにアルゼンチンの大学に留学していたのである。二年間の留学期間もあとわずかを残すばかりで、大学に提出する論文の執筆に日々追われていた。 ある日、わたしは市街電車に乗って同じ…

〔Book Review〕シオドア・スタージョン『海を失った男』 

『シザーハンズ』という映画がある。鋏の手をもつ青年の孤独というテーマは、いかにもフリークス・フリーク(怪物マニア)の監督ティム・バートン*1らしいが、ウィノナ・ライダーがジョニー・デップを愛するのは、鋏の手にもかかわらず、なのだろうか。それ…

かつてアルカディアにありき

またひとつ、星がその生命を終えようとしていた。 人びとはその星をアルカディアと呼びならわしていた。だが、その呪文のような言葉が何を意味するのか、知る者はひとりとしていなかった。 ある者はホームで、またある者はワークステーションで、センターの…

今夜、喫茶「鍵」で会いましょう

――蝌蚪生るる中島らも氏より生るる 西原天気 取っ手を引くと扉はギギッと悲鳴を立てながら開いた。一歩足を踏み入れると、小学校の教室のような懐かしい臭いが鼻をついた。煤けて黒光りのする木の床には油が布かれているのだろう。 焦茶のチョッキに蝶ネクタ…

海辺にて――バリー・ユアグローに、再び

思いがけずまとまった休みがとれたので、私は旅に出ることにする。わずかばかりの着替えをつめたバッグを手に、行き先も定めず汽車に乗る。 窓際に席をとり、頬杖をついて流れゆく風景を眺める。固い座席に座っているのに厭きたころ、窓外に海が見えてくる。…

It's a small world.――バリー・ユアグローに

ある日、あなたの携帯電話に見覚えのない差出人からメールが届く。いつもの迷惑メールかと思いながら、ふと魔が差して開いてみる。それは夫との性生活に不満を持っている人妻からの誘いのメールでも、厳正な抽選によりあなたに高額の商品が当たったのでホー…