2013-01-01から1年間の記事一覧

これは詩ではない――渡邊十絲子『今を生きるための現代詩』を読む

著者は本書の第1章に、ある詩との「衝撃的」な出会いについて書いている。「まったく意味がわからなくて、でも鋭く光っていて、密度があった」。その詩とは――。 25 世界の中で私が身動きする=230 26 ひとが私に向かつて歩いてくる=232 27 地球は火の子供で…

擬態と脈動――「『ボヴァリー夫人』論」を読む

それがなんの番組でどのチャンネルで放送されていたものなのか判然としないのだが、つい先日の夜たまたまTVをつけた時にほんの一瞬目にしたやりとりが妙に記憶に残っている。写真で見覚えのある若い頃の顔よりいくぶんふくよかになり、それなりに皺もきざま…

言語という牢獄――岩城けい『さようなら、オレンジ』再々説

上野千鶴子が『さようなら、オレンジ』の書評「グローバル時代の日本語文学」を書いているのを知った*1。さすがに上野らしい鋭い批評で、いろいろと考えさせられることもあった。この小説についてはすでに二度も書いたので屋上屋を架すことになるけれども、…

突風のようなものになぎ倒されること――岩城けい『さようなら、オレンジ』再説

岩城けいの『さようなら、オレンジ』は今年度の太宰治賞を受賞した小説である。選考委員たちがこの作品をどのように評しているのかと思い、太宰賞を主催している筑摩書房のサイト *1をのぞいてみた。 選考委員は、加藤典洋、荒川洋治、小川洋子、三浦しをん…

母語と英語とのあいだで――岩城けい『さようなら、オレンジ』を読む

もう五年ほど前のことになるけれども、若い小説家たちの小説について本欄でふれたことがあった*1。文芸誌でかれらの新作が妍を競っていたのだが、どれもが一様に「発情」しているさまに聊かうんざりさせられた。性を主題にすることが悪いわけではないけれど…

老人の顔にきざまれた皺のように――内堀弘『古本の時間』を読む

『石神井書林日録』から十余年、内堀弘さんのエッセイ・コラム集『古本の時間』が出た。カバーには平野甲賀さんの書き文字のタイトルと犀のロゴマーク。かつての晶文社らしい新刊だ。 『石神井書林日録』については、かつてbk1というサイトに書評を書いた…

安吾の「真珠」――金井美恵子『エッセイ・コレクション1』と『目白雑録5』を読む

たとえ惰性であるにせよ*1金井美恵子の本は小説であれエッセイであれ新刊が出たら取りあえず買って読むことにしているのだからこのたび刊行された『金井美恵子エッセイ・コレクション1 夜になっても遊びつづけろ』に収録されている文章はすべてたぶん一度は…

「Woman」第8話の映像に呆然とした

すごいすごい。今晩(21日 22:00〜)放送されたTVドラマ「Woman」第8話。近年これほど充実した映像を見た記憶はない。後半、最後の10分ほどに呆然とした。 評判のドラマなのでご覧になっている方も多いだろう。ストーリーは書かない。梗概はWikipediaなり日…

もうひとつの眼球譚――藤野可織「爪と目」を読む

爪を噛むくせがある。還暦を疾うに過ぎた男が爪を噛むのはみっともない。わかってはいるが、「雀百まで」でいっこうに直らない。いつだったかもう中年をすぎた頃だったと思うが、電車の中で無意識に爪を噛んでいて隣に座っていたおじさんに注意をされたこと…

1938年の小林秀雄――山城むつみの連続する問題

図書館で月遅れの雑誌を借りる。「新潮」4月号。〈没後30年特集 2013年の小林秀雄〉のなかの一篇、山城むつみの「蘇州の空白から――小林秀雄の『戦後』」(長篇論考180枚)を読む。これも前回の「連続する問題」につらなっている。 「いつか時間を作って、小…

プーシキンは翻訳できないか――山城むつみ『連続する問題』を読む(その3)

どこの出版社だったか覚えていないが外国文学の簡約版シリーズというのがむかし出ていて、中学か高校の頃スタンダールの『赤と黒』をそれで読んだ記憶がある。いまでいうなら鈴木道彦の編訳で集英社文庫から出ている抄訳版『失われた時を求めて』のようなも…

悔い改めよ、ハーレクィン!――山城むつみ『連続する問題』を読む(その2)

今回は前回につづいて「改行の可・不可」の提起する問題についてもうすこし書くつもりだったが、そのまえにどうしても書いておきたいことがあり、「緊急順不同」(中野重治)で急ぎしるしておく。これも『連続する問題』に触発された思考の一つである。 最近…

読みやすさとわかりにくさ――山城むつみ 『連続する問題』を読む(その1)

山城むつみ『連続する問題』*1を読む。「新潮」に2002年から2008年にかけて断続的に連載されたコラムに補論を加えて単行本となった。あとがきに、単行本化の申し出をいったん断ったが編集者の熱心な慫慂に「心が動かされた」としるされている。わたしはこれ…

生存の耐えがたい重さに――レオパルディ、カルヴィーノ、そしてあるいは世界文学

マリオ・ジャコメッリといえば、雪のなかで神学生たちが輪になって踊っている写真が有名で、白と黒のハイコントラストの「無垢の歌」(ブレイク)ともいうべきこのシリーズ「私にはこの顔を撫でてくれる手がない」は、このたび開催されたジャコメッリ写真展…

胸の砥石に研ぐ――小柳素子歌集『水あかり』を読む

最近読んで感銘を受けた歌集について書いてみたい。小柳素子の第五歌集『水あかり』。 「槻の木」の師、来嶋靖生の跋文に曰く「この人は背筋正しい文語脈の歌を詠もうと心がけているかに見える。いまこの世代でこれだけ文語の語法を自らのものとし、使いこな…

田端雑感――矢部登「田端抄 其肆」を読む

矢部登を知る人ぞ知る文筆家と呼べば失礼にあたるかもしれない。結城信一の(市井の)研究者として著名であり、結城に関心をもつ人で矢部登の名を知らない人はいないだろう。リトルプレスからとはいえ著書も少なくない。わたしも数冊を架蔵しているが、面識…

往事渺茫都似夢

Céoriさん―― 梅本くんが死んじゃいましたね。 山口昌男や大島渚は天寿を全うしたといえますが、同世代や年下の知人の死は痛ましいものです。 身につまされます。 かれとは20代の終わりのころ、わたしが編集にたずさわっていた映画雑誌の評論賞にかれが応募…

小津安二郎の諧謔

大島渚が亡くなった。大島さんには30年前、『戦場のメリークリスマス』の公開にさいして本を2冊つくったときに聊かの面識を得た。記憶にのこる出来事などもあるけれど、今回はちょっと別のことについて書いておきたい。 今月21日の朝日新聞朝刊に篠田正浩、…

小鳥の不屈の歌――エミリ・ディキンソンの詩を読む

予約していたKindleFireが暮れに届いた。さっそくエミリ・ディキンソンの詩集をダウンロードする。Poems by Emily Dickinson, Three Series, Complete 、パブリックドメインの無料版である。洋書――とりわけこういった大部の書物――はかさばるし、近頃辞書の小…