2016-01-01から1年間の記事一覧

高原の秋運転手ギター弾く

大西巨人に『春秋の花』という著作がある。古今の詩歌句あるいは小説や随筆の一節を掲出して短文を附したアンソロジーである。大岡信の『折々のうた』のようなスタイルの本ですね。なかに「よみ人しらず」の歌も古今集から選ばれているけれど、それとは少し…

猥褻鳥

目をこらしてみたが、鳥の姿を認めることはできなかった。鳴き声だけだ。いつものように。とにかくこのようにして世界の一日分のねじが巻かれるのだ。 ――村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』 1 その鳥の存在に最初に気づいたのが誰だったのかいまではさだかで…

蜻蛉釣り今日は何処まで行ったやら

O様 台風の影響でしょうか、今日は朝から雨が降りしきっています。いつものように、向かいの樹林を眺めていたら、あ、鷺が! 雨の降る日に時折り姿を見せます。今朝は畑に着地して、なにやら思案気の風情。さて、どうしようかと考えているのでしょうか。しば…

異邦の薫り――くぼたのぞみ『鏡のなかのボードレール』を読む

もう随分まえのことになるけれども、クッツェーの『恥辱』という小説についてここでふれたことがある*1。いい小説だと思い、いくつかの場面についてはいまも印象につよく残っている。だが、最近読んだある本によって、わたしは自分の無知を思い知らされるこ…

ゲイブリエルとグレタを乗せた馬車がオコンネル橋を渡る

昨日16日、ブルームズデイにちなんでジョン・ヒューストンの『ザ・デッド』を観た。以前BSで放映されたものの録画で、二度目か三度目かの再見になる。見直して新たに気づいたことなどについて二、三書いてみよう。 ストーリーは簡素だ。二人の老嬢姉妹ケイト…

緑色をした気の触れた夏のできごと――村上春樹訳『結婚式のメンバー』

以前書いた「MONKEY」の村上春樹・柴田元幸対談「帰れ、あの翻訳」*1で予告されていた「村上春樹・柴田元幸 新訳・復刊セレクション」が「村上柴田翻訳堂」として刊行され始めた。第1回の配本がカーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』(村上訳)とウィ…

時計の針はゆっくり流れる砂のよう…

O様 昨日は終日氷雨が降りしきっていましたが、今日は一転して朝から快晴。窓の向かいの樹林が暖かな陽射しをあびてきらきらと輝いています。風に吹かれて小梢がゆらゆらとダンスを踊り、葉鳴りがひそひそと何かをささやきかわしているかのようです。ナボコ…

あ、猫です――『翻訳問答2』を読む

片岡義男・鴻巣友季子『翻訳問答』については以前ここで書いたけれども*1、その続篇『翻訳問答2』が出た。今回は趣向をあらためて、鴻巣さんと5人の小説家の対談という形式になっている。奥泉光、円城塔、角田光代、水村美苗、星野智幸がそれぞれ、吾輩は…

炎上する花よ、鳥獣剝製所よ――矢部登『田端抄』

矢部登さんの『田端抄』が開板された。龜鳴屋本第二十二冊目*1。矢部さんが出されていた冊子「田端抄」については三年ほど前にここで触れたことがあるが*2、「田端抄」全七冊から三十篇、それに新たに四篇を加えて構成したと覚書にある。巻末に木幡英典氏撮…

目の伏せ方だけで好きになる――『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』

この2ヶ月、これはすごいという作品には巡り会えなかった。なにか書いておきたいと思わせられた作品は、残念ながらほとんどなかった。2つの作品を除いては。もっとも、毎月すごい作品にいくつも出会えるわけはないのだけれど。 その稀な作品のひとつはステ…