2008-06-01から1ヶ月間の記事一覧

なつかしさについて

いまとなっては定かでないけれども、おそらく永井龍男の『石版東京圖繪』*1がきっかけだったのだろう。一九六七(昭和四十二)年に中央公論社から刊行されたこの長篇小説は、帯のコピーを引用すれば「ほろびゆく職人の生活をとおして東京人の哀歓を綴り、懐…

がんぽんち、あるいは雨夜の品定め

岩本素白に「がんぽんち」という随筆がある*1。遠国から江戸へ出てきた侍が国への土産話に流行りの小唄を書きとめて帰った。「成ると成らぬは眼もとで知れる、今朝の眼もとは成る眼もと」という俗謡で、くだんの侍はそれを「成与不成眼本知。今朝眼本成眼本…

詩歌の青春――神変忌に

塚本邦雄の本をあれこれと繙いていたらこんな一節が目にとまり、思わず苦笑させられた。ある講演で日本語の乱れを慨嘆したくだりでのこと。 「夏目漱石の現代語訳が出ているという時代です。百年先の二十二世紀になったら、現代語訳の夏目漱石も、漢字まじり…

続・孤島へ持って行く本――『郷愁の詩人 田中冬二』

孤島へ持参した本のなかから、もう一冊について書いてみよう。和田利夫『郷愁の詩人 田中冬二』(筑摩書房・1991)。 1 わたしは田中冬二の詩のよい読者ではない。なのになぜA5判・450頁もある浩瀚な評伝を読んでみる気になったのか。それは大正から昭和…