幾時代かがありまして――高島俊男『ことばと文字と文章と』を読む



 高島俊男先生の『ことばと文字と文章と(お言葉ですが… 別巻4)』が出た。専門誌に掲載された一篇をのぞき、すべて書き下ろしである。なんと贅沢なことか(高島先生と小林信彦のコラム――小林信彦だけ敬称抜きなのはべつに他意があってではない――を読むために「週刊文春」を毎週買っていたのだが、高島先生の連載が終わった今でもなぜか惰性で買い続けている。「お言葉ですが…」はじつに為になる連載だった。どこかの雑誌であの続きをやらないのかと期待しているのにどこもやろうとしないのは「週刊文春」の二番煎じになるのを嫌がっているためだろうか。差し詰め岩波の「図書」あたりが収まりがいいような気がするのだが、かつて高島先生は岩波文庫――寺田透編『露伴随筆集』――の編集の杜撰さをこっぴどく批判なさったから岩波方面は鬼門なのかもしれない)。
 巻頭の表題作「ことばと文字と文章と」は「もともと、小学校上級から中学校初級の子どもむけに書いたもの」であるという。日本語と漢字・漢語・漢文について、じつにわかりやすく、噛んで含めるようにして書かれているので、わたしのような無学な者の頭にもすっきりと入ってくる。「へー、そうなのかあ」と感心しながら読んでいるうちに賢くなる、ありがたい文章である。
 ここでもちょっと取り上げたことのある「いぎたない」*1ということばをめぐるコラムもある。知人からの電話で「いぎたない」の「誤用」例を教示された高島先生があれこれと調べてみると、あにはからんや平田篤胤の『霊の真柱』に「ゐぎたなく、云ひさわぐ」という用例を見つけた、という。「いぎたない」は古語の「寝(い)」+「穢い」で、惰眠を貪るといったような意味だが、「寝」を「居」と取り違えて「だらしがない」といった意味として用いられることがある(今ではそのほうが多いかもしれない)。高島先生は「古語の専門家であると言っていい平田篤胤が「い」から寝を想起できず「ゐ(居)」の意にとってしまったくらいだから、すでに江戸時代から存立の基盤を失っていたのかもしれない」と書いていられる。岩波国語辞典は誤用としているが、日本国語大辞典はもう一つの用法として認めているようである。まあ、平田篤胤咎めだてしても詮無いという気がしなくもないけれども。
 「「黄色い」ということば」は7ページの短文ながらさまざまに連想を誘われるまことにおもしろいエッセイである。高島先生は「前々から「黄色い」という言い方に違和感を持っている」と書き始める(以下、文章の趣旨を引用する際は煩を避けて引用符をつけずにおこなう)。
 通常、「山い」「花い」などのように名詞に「い」がついて形容詞になることはない。「色い」については「黄色い」と「比較的最近言われるようになった「茶色い」だけである」とおっしゃる。ほう、「茶色い」は最近なのか、と思っていると、エッセイの末尾ちかくで日本国語大辞典の用例を引き、最も早い例は長谷川四郎の『シベリヤ物語』の「黄色味がかった茶色い擂鉢のような食器の中に」であると書かれている。ふーん、四郎さんねえ。
 長谷川四郎が連作「シベリヤ物語」を発表しはじめたのは昭和二十六年(「近代文学」)のことである。長いシベリア抑留から帰国して、「茶色い」という耳慣れぬことばを耳にして文章に取り入れたのだろうかなどと想像したりもするのだが、それで思い出すのは、中原中也の「幾時代かがありまして、茶色い戦争ありました」で、中也がこの「サーカス」という詩を発表したのは昭和四年だから、高島先生は「無論文章に書かれるよりはずっと前に口語の語としてできていたであろうが、それにしても昭和になってからではなかろうか」と書いていられるけれども、もう少し前から人の口の端にのぼっていたのかもしれない。高島先生はちょっと度忘れなさったのだろうが、日本国語大辞典が中也を無視しているのは腑に落ちない。
 色の名はあまたあるけれども、その語自体が色を指すのは次の五つだけであるという。「くろ、しろ、あか、あお、き」。そういえば「和色大辞典」*2を見ても、色名はたいてい動植物から採ったものが多い。わたしの好きな「浅葱」(薄い藍色)は葱(ねぎ)の色だし、「縹」(はなだ)は露草の花の色。藍はインディゴですね。中也は「小鳥らのうたはきこえず 空は今日はなだ色らし うしなひしさまざまのゆめ うつくしきさまざまの夢」とうたっている(正確な引用ではないけれど)。
 それはさておき、「くろ、しろ、あか、あお」は、形容詞が先で、語根が名詞化したそうである。形容詞「くろき」は「暗き」と同源で、夜の状態を指し、「しろき」は「しるき」と同源で、色名というより色がないことをいう。「あかき」は「明るい」と同源で、明色を指し、「あおき」は「黒と白とのあいだの色を広く指した」そうである。なるほど。夜が白々と明けてゆく状態を、村上龍が「限りなく透明に近いブルー」と呼んだのはお見事というしかない。
 問題は「き」で、色を形容する語であるにもかかわらず形容詞の形を持たない一音節の名詞で、色をいう一音節の和語は「き」だけだそうだ。形容する際は、「なる」をつけて「きなる」となる。口語でいうと「黄の」になるわけで、それで思い出すのは村木道彦の名歌「黄のはなのさきていたるを せいねんのゆからあがりしあとの夕闇」である。この「黄のはな」はなんだろう。蒲公英(たんぽぽ)だろうか菜の花だろうか。歌からは夏の黄昏どきのような印象を受けるので、向日葵(ひまわり)かもしれない。夕闇のなかにふっと浮び上がるには蒲公英や菜の花では可憐すぎるような気がしないでもない。
 「黄色」は江戸時代まではすべて小判のことを言ったそうで、形容形は「黄色な」で「黄色き」はない、という。しかし、小判といえば「山吹色」ではなかったかしらん。たしか歌舞伎の台詞にも小判の隠語として山吹が出てきたような記憶がある。それはそうと、赤い、白いは赤き、白きのイ音便だが、黄色きという言葉はないので、黄色いはイ音便ではなく、近代になってできた語で、「くろい、しろい、が「ろい」だからそれにならって「きいろい」と言ったのかもしれない」と高島先生は推測する。日本国語大辞典の挙げる初出例は円朝の『真景累ケ淵』で、「黄色い」という語ができたのは「幕末ぎりぎりくらい」ではないか、と高島先生は言う。そして最後に、「茶色い」の次に「色い」が出てくるのは「桃色い」ではないか、と予想してこう附記されている。


 「「黄色い」「茶色い」が四音節で、「黄色い花」「茶色い服」などと口調がいいのに対して「桃色い」は五音節で、「桃色いスカート」などやや間延びして口調がよくないから、できるとしてもだいぶ先かもしれない、という気もする。」


 「桃色い」ねえ。高島先生の予想にもかかわらず、わたしは「桃色い」はないと思う。なぜなら近代以降、色名に関しては(関しても?)和語はすたれ外来語が幅をきかせているからである。軍服のカーキ色、ベージュ、クリーム、アイヴォリーetc. もはやカタカナ色のほうが多いかもしれない。したがって、すでに一般的となっている「ピンクの」を押しのけて「桃色い」といった無理な五音節が登場する余地はないように思えるのだがどうだろう。ともあれ「名詞+い」は外来語にも適用され、いまや「エロい」といういかにも下品な造語すら大辞泉に「《「エロ」の形容詞化》好色なさま。また、性的魅力があるさま」としてすでに立項されている。
 ちなみに大辞泉は新語・流行語にも敏感で、「さりげに」や「なにげに」といった「若者言葉」も「さりげない」「なにげない」の項で補説として解説している。「なにげに」なんて、わたしはなかなかの造語感覚だと感心するのだが、うっかり使うと「年寄の若づくり」と言われそうである。

お言葉ですが…〈別巻4〉ことばと文字と文章と

お言葉ですが…〈別巻4〉ことばと文字と文章と