シュトックハウゼンの災禍・補説



 10月7日の朝日新聞朝刊に、一頁全面をついやして「紙面審議会」の記事が掲載されていた。いくつかのテーマに分かれたうちの一つ、「ネット世論」という項で、内田樹委員と朝日の政治部長、編成局長らとの議論の抜粋(要旨)が載っている。
 内田氏は、鉢呂氏の辞任にたいし、朝日新聞は社説で「辞任はやむを得ない」と書いたが(「他の既存メディアも同様の論調だった」)、ネット上では「原発推進派の官僚やメディアが東京電力を守るために仕掛けた」という意見が目立った、「こうしたネット上の世論との乖離について」どう考えるかと問いかけた。それにたいし、朝日の渡辺政治部長は、
 「ネット上の「陰謀説」では、鉢呂氏が経産省総合資源エネルギー調査会の人選を原発賛成、反対両派半分ずつにする考えだったとされている。」
と述べる。
 「ネット上の「陰謀説」では〜とされている」という表現は、「〜」の部分が「陰謀説」による捏造であるかのように印象づけるレトリックであるけれども、前回書いたように、推進派が大勢を占めるエネ調の委員構成の「半分は批判派にしなければ国民の理解は得られない」は、「週刊朝日」のインタビューにおいて鉢呂氏が述べたことばである。この政治部長氏は「週刊朝日」をお読みでないのかしらん。政治部長氏は、つづけてこうおっしゃる。
 「朝日の取材によれば、鉢呂氏の指示を受けて経産省が作った人選リストをもとに鉢呂氏が決めている。本当に陰謀ならば、鉢呂氏の辞任後に人選も変わるはずだが、後任の枝野経産相もほぼそのまま受け入れた。」
 再度、前回引用した「週刊朝日」のインタビュー記事を引くと、「私が大臣に着任当時、内定していた委員は15人中12人が原発推進派で、結論ありきの人事でした」と鉢呂氏は述べている。また、鉢呂氏は「人選に着手し、9月にも発表する予定」だったという。政治部長氏は、「本当に陰謀ならば、鉢呂氏の辞任後に人選も変わるはずだが、後任の枝野経産相もほぼそのまま受け入れた」というのだが、枝野氏だって鉢呂氏の辞任後に原発推進派が大半を占める人選に戻すわけにはゆかないでしょう。その程度の理窟は小学生にだってわかる。
 内田氏は政治部長氏のことばを受けて、
 「ネットで「陰謀説」がはやるのは、正しい情報への接触能力がない「情報難民」たちが話を単純化し、最も知的負荷の少ない陰謀史観に飛びつくためだ。」
という。
 内田氏は、社会問題であれ現代思想であれ、複雑に入り組んだ問題を腑分けし、ある一定のパースペクティヴのもとに整理する能力に長けている。そのきわめて明快な論断が多くの読者を得ている所以であるが(わたしも「ため倫」以来の愛読者である)、ときに議論が粗雑に傾く嫌いがなくもない。上記の発言においても、政治部長氏のネット上の「陰謀説」であるとの断言を、中身を吟味することなく受け入れて、「ネット=陰謀=誤り、新聞=正しい情報」といった二分法に「話を単純化し」て、こう述べる。
 「こうした情報格差が間違ったネット世論を形成した場合、長らく世論形成を担ってきた新聞が正しい情報をネットへ発信して補正する必要があるのではないか。」
 「新聞=正しい情報」というお墨付きを戴いて気を良くしたのか、政治部長氏はこう語る。
 「ネット世論へ正確な情報を伝えるための橋渡し役をメディアが果たしていないということが、今回の乖離につながったと感じている。」
 よく言うよ。「橋渡し役」じゃなくて、まず自分の新聞の紙面で「正確な情報」を伝える努力をするのが先決だろう。記者が自分で聞いたわけでもないことばをさも聞いたように書き、見てもいないことをさも見たように書く。ネット世論の「陰謀」を云々するまえに、自らの襟を正すべきである。この政治部長氏のような態度を夜郎自大という。「「憶測にすぎない」と片づけるのではなく、正面から向き合うべきだった」と政治部長氏は殊勝らしく述べるのだが、正面から向き合うべきなのは朝日新聞その他の既存のメディアの「劣化」にたいしてである。


 10月3日に新メンバーによるエネ調・基本問題委員会の第1回会合が開催された。委員長は新日鉄会長で経団連の副会長の三村明夫氏である。自民党議員の河野太郎氏が、「(委員長は)役人の都合のいいようにあらかじめ互選で長を決めるというルールを無視して、御用委員を充てている」と「公式ブログ」に書いている(10月1日付け)*1。しかも、「府省出身者の委員への任命は、厳に抑制する 」との規定を無視して、経産省OBのひとりが委員に選ばれている、と。
 「スタートから、この委員会、おかしくないか。経産省の辞書に、反省という二文字はないのか。(略)国民が信頼を寄せられない審議会を設置して、何か意味があるのだろうか。 経産省は、ルールを守るという、まず最低限のことができるようになるべきだ。」
 河野氏が主張の根拠としているのは、総合資源エネルギー調査会令という政令である。政令によれば、総合資源エネルギー調査会の委員は経産相が任命し、会長は委員の互選による、と定められている。この会長が三村氏である。
 このたび開かれた基本問題委員会は、エネ調のなかの部会におかれた小委員会という位置づけになるのだろう。会の冒頭で、基本問題委員会は、総合部会長である三村氏が総合部会の下に設置した、とエネ庁総合政策課長の後藤氏が述べている。そして、三村氏が運営規定に基づき(枝野経産相と相談のうえ)委員を指名し、自分を委員長に指名したと発言している。三村氏は、エネ調の会長、総合部会(って何?)の会長、基本問題委員会の委員長を務めているわけで、小委員会の委員および委員長は部会長が指名できることになっている。総合資源エネルギー調査会令と総合資源エネルギー調査会運営規定を併せ読むと、そうでなければならない。したがって経産省OBのひとりが基本問題委員会の委員に選ばれていても、規定上はなんら問題ではないのである。
 エネ調と部会、小委員会の位置づけと規定は、議員である河野氏が誤解するほど輻輳している(基本問題委員会で、財界の人間が委員長を務めることへの質疑が委員のひとりから提示されたが、枝野氏も委員長は互選ではないかと最初は思っていたと答えているほどだ)。また、いうまでもないが、鉢呂氏の人選はエネ調にかんしてであって、基本問題委員会の委員とは直接の関連はない。基本問題委員会の委員は委員長を含め25名である。「来年の夏を目途に新しいエネルギー基本政策を策定する」(枝野氏)とのこと。今後の議論の推移を見守りたい。なお、基本問題委員会の様子はネット上のストリーム配信で見ることができる*2