夢で責任が始まる


 たった一篇の作品によって語り継がれる作家がいる。アメリカの作家デルモア・シュウォーツもそうした伝説的な作家のひとりだ。その作品――In dreams begins responsibility 「夢で責任が始まる」は、映画館でスクリーンを見つめている「僕」の語りで始まる。


 映っているのは画面にひっきりなしに小雨が降りしきる古いサイレント映画だ。若い男が女の家を訪ねる。男は僕の父、女は母だ。父は母を連れ出す。電車に乗って遊園地へ出かけるために。ふたりは海岸を散策し、メリーゴーラウンドに乗り、日が暮れてレストランに入る。そこで父は母に結婚のプロポーズをする。母はうれしくて泣き出してしまう。僕は席から立ち上がり画面に向って叫ぶ。結婚しちゃいけない、と。結婚してもいいことなんか何ひとつないんだ。後悔と憎しみとそして最悪の子供が待っているだけだ! 僕は隣席の人にたしなめられて席に坐りなおす。父と母は写真屋で記念写真を撮る。写真屋の手筈が悪くて父は苛々して呶鳴る。ふたりはぎくしゃくし始める。母が占い小屋に入ろうという。父が反対し口論になる。母に引っぱられるようにして中に入ると、怪しげな占い師が出てくる。父の我慢が限度に達し、母の腕を取って外へ出ようとする。だが母は動こうとしない。ついに父は母を置き去りにしてそこを立ち去る。母は占い師に引き止められてそこに佇んだままだ。僕は恐怖に襲われて席を立ち、画面に向って叫ぶ。何をやってるんだ、お前たちは!自分のやっていることがわかってるのか、と。僕は映画館の男に引きずり出される。男は僕に向っていう。何を喚き散らしてるんだ。お前こそ何をやっている。自分のやるべきことをやらないとあとで後悔するぞ。自分の責任は自分でもつんだ! 僕は映画館の外へ放り出される。そして目がさめる。身を切るような冬の朝、僕の二十一歳の誕生日だ。朝はもう始まっている。


 この短篇小説を初めて読んだのはもう二十年ほども前のことになる。村上春樹柴田元幸ら五人の訳者が自分の好きな短篇を持ち寄ってつくった『and Other Stories とっておきのアメリカ小説12篇』(文藝春秋、1988)というアンソロジーに入っていた。 「夢で責任が始まる」を訳した畑中佳樹は、この作品についてこう書いている。


 「たった一発の狙いすました弾丸でたった一つの的を射抜き、あとは一切余計なことをせずに死んでいった作家――デルモア・シュウォーツを、ぼくはそんな風に感じている。その一発の弾丸とは、一つの短編小説である。そのタイトルが、まるで伝説のように、アメリカ小説愛好家の間でひそかに囁かれつづけてきた。ぼくは、それを 「夢で責任が始まる」と訳した。余計な解説はいっさい付けたくない。とにかく読んで下さい。是が非でも人に読ませたくなる小説なのだ。一九三七年、デルモア・シュウォーツ二十四歳の時に発表された短編である。」


 この作品を含む八篇の短篇を収めた作品集In Dreams Begins Responsibility and Other Stories があるが、シュウォーツの名はこの一篇でのみ知られる。いや、むしろ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドルー・リードが大学でシュウォーツに師事したことのほうがよく知られているかもしれない。
 この小説に出会ってから数年後、ある雑誌で思いがけずシュウォーツの名と出会った。「デルモア・シュワルツの悲劇」と題された評論で、筆者は坪内祐三という未知の書き手だった。シュウォーツについて何ひとつ知らなかった私はその文章をとても興味深く読んだ。よく調べて書かれているだけでなく、あまり人に知られることのない作家への愛情が窺われて好感を持った。どこかの大学に勤める講師か助教授か、いずれにせよ若いアメリカ文学研究者だろうと思った。掲載誌「未来」の何冊かはまだどこかに保存しているはずだが、取り出すことができない。未来社のサイトから書誌情報を引用しておこう。


 「変死するアメリカ作家たち」 坪内祐三
・デルモア・シュワルツの悲劇(1)〜(3) 1991年7月号〜9月号
・ハリー・クロスビーと失なわれた世代(1)〜(4) 1991年12月号〜92年3月号
・早く来すぎた男―ナセニェル・ウエスト(1)〜(4) 1992年4月号〜92年7月号
・「偉大なアメリカ小説」を夢見たロス・ロックリッジ(1)〜(4) 1992年11月号、12月号、93年2月号、93年5月号


 このなかで名前の知られているのはナサニエル・ウエストぐらいだろう。丸谷才一の訳で知られる代表作『孤独な娘』や『いなごの日』(いずれも映画化された)、それに『クール・ミリオン』が翻訳されている(あとの二冊は、かつて角川文庫で出たものだ)。生前は不遇で、結婚して数ヶ月後、妻とともに自動車事故で死亡した。
 ハリー・クロスビーはロスト・ジェネレーションの詩人。マルカム・カウリーが評論『亡命者帰る――「失われた世代」の文学遍歴』(南雲堂、1960)で一章を割いて取り上げたことで知られる(この邦訳書では残念ながらその章が割愛されているけれども)。妻とともに出版社ブラック・サン・プレスを興し、同年代の作家たち、ヘミングウェイ、フォークナー、 ドス・パソスらの作品を出版したが、パリから帰国後、人妻と拳銃で自殺する。
 ロス・ロックリッジはエドワード・ドミトリクの映画『愛情の花咲く樹』(57)の原作者。原題をRaintree Countyという。大江健三郎が小説に書いたあのレインツリーだ。『風と共に去りぬ』と同じく南北戦争を背景にしたロマンで、ロックリッジはMGMの原作公募に応募して見事15万ドルの賞金を得たが、映画の公開を待たずに自殺してしまった。小説は大久保康雄の翻訳で出ている。
 彼らはタイトルのように、薬中毒、事故死、自殺、といずれも「変死」した。


 坪内祐三が最初の単著『ストリートワイズ』(晶文社)を出したのは一九九七年、いずれはこの連載をまとめるのだろうと思っていたが、いつまでたっても一向にその気配はなかった。だがようやく今年の二月、白水社から刊行されることになったようだ。七人の作家を取り上げるとのことなので大幅に加筆がなされるのだろう*1
 昨年刊行された『同時代も歴史である 一九七九年問題』(文春新書)は、彼の持ち味が発揮されたいい本だった。雑誌「諸君!」に連載された評論をまとめたものだが、なかの「今さらネオコンだなんて」の冒頭にこういう文章がある。「今から十七、八年前、つまり一九八〇年代半ば、私は、「ニューヨーク・インテレクチュアルズ」と呼ばれる第二次世界大戦後のアメリカの知識人たちについて集中的に調べていたことがある」。「変死するアメリカ作家たち」はおおむねロスト・ジェネレーション、すなわち第一次大戦後の世代の作家たちを取り上げているけれども、この連載もその関心の延長線上にあったのだろう。その頃読んだ本にノーマン・ポドレッツの評論集『行動と逆行動』があり、なかに一番好きな作家ナサニエル・ウエストに関する評論が入っていたのが嬉しかったとも書いている。
 『変死するアメリカ作家たち』は、彼が愛読していたというカウリーの『亡命者帰る』を彼なりにリメイクしたものになるのだろう。二十年来の年季が入っている。いい本になるだろう。
 デルモア・シュウォーツにはその後、もう一度だけ出会った。シュウォーツの名は出てこなかったけれども。こんなふうに。


 「でもね、メタファーとかそんなんじゃなく、僕がこの手でじっさいに父を殺したのかもしれない。そんな気がするんだ。たしかに僕はその日東京には戻らなかった。大島さんが言うようにずっと高松にいた。それはたしかだよ。でも『夢の中で責任が始まる』、そうだね?」
 「イェーツの詩だ」と大島さんは言う。
 僕は言う、「僕は夢をとおして父を殺したかもしれない。とくべつな夢の回路みたいなのをとおって、父を殺しにいったのかもしれない」


 村上春樹の『海辺のカフカ』の一節である。

*1:雑誌「en-taXi 」の<連載評論「アメリカ」外伝>を加えて一冊になるのだろう。