光にむかつて歌つてゐる――翻訳詩の問題(4)


 「文学的技巧という点から見るならば、この作品はこの時代のもっとも目ざましい作品の一つであって、スインバーンと同様に詩的であり、かつ技術的にはスインバーンよりもはるかに見事な完璧に到達している。」*1


 こう書くのはG・K・チェスタトン。「この時代」とはヴィクトリア朝、「この作品」とは『ルバイヤート』である。「この『ルバイアート』は」とチェスタトンは書く。「コールリッジやキーツに興ったあのロマン派の奔放な詩の中でただ一つ、十八世紀の機智と洗練とを保持しえた唯一の作品となった。」
 この『ルバイヤート』とは、むろんエドワード・フィッツジェラルドが翻訳したオマル・カイヤームの「四行詩集」で、『ルバイヤート』の流麗な邦訳を手がけた英文学者矢野峰人が伝えるように、わずか二五〇部自費出版されたがいっこうに売れず店晒しになっていたのをD・G・ロセッティが偶々目に留め、手に取って見ると「豈図らんや、それぞれの詩章を構成する四行は英詩界未だ見ざる珍しき押韻の型起承転結の法に叶ひ、そこに盛られたる東邦的色彩は、特殊の背景と異様なる人生観とを染めて、さながらに毒草園の如く、寄り添ふものの霊を痺らせずんば已まない」*2。酩酊して数冊を購ったロセッティが友人のスインバーンらに伝え、やがて英国中はおろか世界で「オーマー熱」が高まるのであるが、それには「教養ある奇人であり、テニスンの友人」であったフィッツジェラルドの翻訳の力が大いに貢献したことはいうまでもない。チェスタトンは書いている。


 「このペルシアの詩人の原作が、ペルシアの詩として、フィッツジェラルドの英訳よりも偉大であるのかそうでないのか、ここで論ずべき筋合いの問題ではないし、かりに論ずべき問題であったとしたところで、ここであろうがどこであろうが、私にはそれを論ずる能力などありはしない。けれども少なくともこれだけは明らかな一事は、この翻訳が直訳であるにはあまりに名訳でありすぎるということだ。かつて書かれたいかなる詩にも劣らず、これは訳者自身の個人的な感情を託した訳者自身の創造的なる作品である。」


 ボルヘスもどこかでフィッツジェラルドの翻訳を称えていたような記憶があるけれども、翻訳によって原詩の輝きが弥増すという例も慥かにあって、これは吉川幸次郎のいう「文人の翻訳」、大山定一のいう「翻訳文学」の好例と呼ぶべきかもしれない。そのあたりの機微を伝えているのは『ルバイヤート』の邦訳者のひとりでもある森亮である。


 「ペルシア語の分かる学者が書いた注釈書や原典から忠実な英訳と称する散文訳など(略)を見るうちにフィッツジェラルドの訳詩の奔放自在な訳しぶりの実体が分かった。原作四行のうちの二行、時には一行を引延ばして四行にしたものがあるかと思えば、二つの四行詩から適当に取捨して一篇にまとめた合成品もある。原詩の四行の内容をほぼ伝えた四行詩でも正直な逐語訳にはなっていない。」


 この「自由訳のたのしみ」というエッセーを含む森亮の随想集『夢なればこそ』*3は、訳詩や訳詩集についての論攷を多数収録し、翻訳詩を考えるうえで逸することのできない好著である。「訳詩は外国の詩の単なる訳文ではいけない。訳した物が詩になっていなければならぬ」、「訳詩がそのまま詩として通用するためには、ある程度の意訳は常に必要である。時には意訳の限界を越えそうな言い換えや加筆や省略をあえてして、はじめて訳詩が生きて来ることもある」(「訳詩雑感」)と述べるように、森亮の翻訳詩における眼目はあくまで「独立して鑑賞できるような詩をつくり上げること」」(「詩を翻訳する」)にある。
 森亮はサッポオの詩の二通りの翻訳を比較してみせる(「ヘラスの竪琴」)。


 みめ貌(かたち)よき 人はただ
 人めによしと 見ゆるなり
 正しき人ぞ いつしかに
 またみめよくも なりぬべし  (呉茂一『増補版 ギリシア抒情詩選』)


 ただ眼に見ゆる美しさは
 はかなく虚しくうつろひゆきて
 善きもの気高きもののみ
 おのづ不滅の美しさに輝き出でん  (田中秀央・木原軍司共訳『ギリシャ抒情詩集』)
 

そして、後者のほうが「ずっと意味は明瞭であるが、呉氏の訳の方がより多く人を酔わせる魔力を持っている」。そこには七五調四行の定型と「みめ/ひと ひと/みゆる」の「頭韻の組合せが、初めの二行に魅力を添えている」と論じる。「詩の翻訳は原典から離れるにきまっている。成るべく少なく離れながら、詩としての生命、人を酔わせる魔力、を持つように工夫するのが訳詩のこつ」であって、呉茂一は「そういうこつをいみじくも体得した人である」と森亮はいう。
 「外国詩の本当の良さ、美しさはそれが書かれた原語で読み取るほかはない。(略)どうせそうなら、訳詩は訳詩として生きる道があるはずだ。原詩の良い所は骨までしゃぶる欲深さで吸収しながら、独立して鑑賞できるような詩をつくり上げることである」(「詩を翻訳する」)と述べる森は、ときには原詩を離れ「思い切った意訳」をも厭わない。翻訳詩における二つの立場の、一方の旗頭ともいうべき存在である。ついでながら旧制松江高校で森亮の教え子であった篠田一士が、翻訳詩において森と対照的な立場を取ることになったのは興味深い。 
 

 ここまで翻訳詩について書かれた書物をめぐってとつおいつ思案してきたが、むろんことは翻訳詩のみに係わる問題ではない。小説においても、原典に忠実とは何かに関しては、たとえば『フィネガンズ・ウェイク』の柳瀬尚紀訳が提起した問題は十分に議論されているとは言いがたいし、『白鯨』の千石英世による新訳をめぐって英語専門誌においてささやかな応酬があったことも記憶に新しい。またこれは翻訳にとどまらず、遍く詩歌全般、文学全般における言語の問題としても位置づける必要があるだろう。この問題にはいずれまた立ち戻ることになるけれども、最後に一冊の訳詩集に触れておきたい。
 片山敏彦編『独逸近代詩集』(ぐろりあ・そさえて、一九四一年)。片山は「ドイツの近代詩について」という跋文でこう書く。


 「ニーチエに初まりシュテファン・ゲオルゲリルケから最近に到るまでのドイツ近代詩の一詞華集(アントロギー)をわれわれは茲に編んだ。ドイツの詩の美しさと特質とが、この新しいアントロギーに拠つて幾らかでもわが国の人々の日常生活の中に沁み入る機縁となればさいはひである。」


 ドイツの詩を、そしてドイツ文化を称えた編者の言葉は、昭和十六年という年代を抜きにして受け取るわけにはゆかない。本書は総勢二十名の訳者によるおよそ五十名のドイツ詩人のアンソロジーで、親ナチス詩人のハインリヒ・レルシュやイーナ・ザイデル、マックス・バルテルの名はあるが、ユダヤ人ハイネの名はない。だがナチス・ドイツに批判的であったヘッセや焚書にあったケストナーの作品は含まれる。このあたりに編集の機微を窺うこともできるだろう。
 文字通り玉石混交の集成のなかでとりわけ私の興味を惹くのは、板倉鞆音によるゲオルゲやカロッサの訳詩が、後に訳詩集として一本に纏められるホーフマンスタールやケストナー、リンゲルナッツなどの訳詩とともに含まれていることである。ここではカロッサの一篇を片山敏彦訳(『カロッサ詩集』みすず書房、一九六五年)と板倉鞆音訳で引いておこう。


   盲人     片山敏彦訳


 日のひかりが夏の森に射し入り
 人々は、ほの温かい砂を踏んで歩く。
 だが森のそとで樹木(きぎ)を背後(うしろ)にして
 明るく白い路の上に、手風琴を持って盲人が
 明るい光の中へ、暗い歌をうたっている。


 白樺の梢に風は静まり
 剽軽な啄木鳥らは、樹を敲くことを忘れている、
 ただ人間たちだけが、人間たちだけが
 悠(ゆっく)りしようともせず、聴き入ることを心得ず、
 互いに話すことを実にたくさん持っており、
 互いにうなずき合って、通り過ぎる、
 そして盲人は歌っている、日光の中へ。


 しかし灰いろの着ものを着た
 顔いろのわるい、はだしの少女が
 暑い路上へ、ひとり歩み出て
 ひと束の野生の花を、
 ほの暗い、涼しい、碧い鈴のかたちの花の束を、
 ほこりまみれの手風琴の上に置く、
 そして、盲人は歌っている、日光の中へ。



   めくら     板倉鞆音


 太陽は夏の森に照りつけ
 人々はなまぬるい砂の上をぶらついてゐる
 けれど木立のまへ
 明るい白い街道には
 風琴をもつためくらがたち
 暗い歌を光にむかつてうたつてゐる


 風は梨の木むれにもだし
 陽気な啄木どもも槌打つを忘れた――
 ただ人だけが ただ人だけが
 立ち止まらず 聞くことをせず
 お喋りにいそがしく
 うなづきあひ 行きすぎ
 めくらは光にむかつて歌つてゐる


 だが一人の裸足の女の子、
 灰色の着物の青ざめた少女が
 つかつかと暑い街道にでて
 一束の野生の花、
 色濃い 冷えびえと青い風鈴草を
 埃をかぶつた風琴になげる、
 めくらは光にむかつて歌つてゐる
 

 いずれもおそらく原詩にかなり忠実に翻訳されたと思われるが、板倉鞆音の訳は短いセンテンスを畳掛ける板倉独自の簡潔な詩法が見事。とりわけ「立ち止まらず 聞くことをせず/お喋りにいそがしく/うなづきあひ 行きすぎ」といった、七五/五七調でないにも拘らずリズミカルな調子で雑踏の忙しげな光景をとらえた第二スタンザは特筆に価しよう。おそらくは原詩に可能な限り添いながら、殆ど訳詩と思わせぬまでに完成された翻訳詩として、板倉鞆音の訳は集中の白眉といっていい。板倉の詩法が何に由来するのか、その周辺で自らも詩人として活動していた四季派との係わりについてもいずれ考えてみたいと思う。


ルバイヤート集成

ルバイヤート集成

*1:G・K・チェスタトンヴィクトリア朝の英文学』、安西徹雄訳、春秋社版著作集第八巻、一九七九年。

*2:矢野峰人「『ルバイヤート』の翻訳」、『曲中人物』所収、靖文社、一九四八年。

*3:森亮『夢なればこそ』文華書院、一九七六年。題名は伊良子清白『孔雀船』の一篇「海の声」の「夢なればこそ千尋なす/海のそこひも見ゆるなれ」より採られている。