〔Book Review〕アリステア・マクラウド/中野恵津子訳『冬の犬』
冒頭におかれた十頁たらずの短篇「すべてのものに季節がある」が本書のキーノートとなっている。
少年の頃のクリスマスの回想。兄の帰省を待ちわびる家族の姿がたんたんと語られる。
サンタクロースの存在を信じている私に父はこう言う。
「人生の『よいこと』をできるかぎり手放さないようにしっかりとつかんでおきなさい」
兄が友人を伴って帰ってくる。歓待する両親。兄が切り倒したもみの木にみんなで飾付けをする。弟妹が寝静まると、兄はプレゼントを取り出す。幼い弟妹には「サンタクロースより」と書かれているが、私のにはそれがない。もはや子供ではないという「喪失の痛み」を感じる私。
「『誰でもみんな、去ってゆくものなんだ』と父が静かに言う。私は父がサンタクロースのことを話しているのだと思っている。『でも、嘆くことはない。よいことを残してゆくんだからな』」
ツリーの前で身を寄せ合う父と母。姉、そして兄。一幅のカンバセーション・ピース(家族の肖像)――。
カナダの作家アリステア・マクラウドの『灰色の輝ける贈り物』に続く第二短篇集である。彼の育ったケープ・ブレトン島(赤毛のアンのプリンス・エドワード島のお隣、というより十二歳の少女歌手アゼリン・デビソンの生まれ故郷)を主な舞台にした短篇が八篇収められている*1。
孤島で灯台守をする一家の物語「島」は、集中の白眉と言っていい。
島で生まれたたった一人の女の子が十七歳になった夏、島へやってきた青く澄んだ目と赤い髪をした若者と結ばれる。来年の春にまた来る、夏に結婚して島を出ようと若者は言う。だが春になっても男は来なかった。風の便りに男の死を知らされた彼女のお腹には新しい命が宿っていた。
生まれた赤ん坊を親戚に預け、彼女は両親と三人だけの孤島の生活にもどる。やがて両親が亡くなり、島に独り住む彼女は「島の狂女」と噂されるようになる。歳月が経ち、灯台の閉鎖で島を出てゆくことになった最後の春、青く澄んだ目と赤い髪をした若者が島にやってくる――。
若者が彼女の孫であるのか幻影であるのかは問うまい。いずれにせよ、人生の「よいこと」をしっかりとつかんで生きてきた彼女にもたらされた恩寵であることにちがいはない。
冒頭の短篇が回想形式であったことの意味に、読者はあらためて気づかされるだろう。両親も姉もそして兄も、もはやセピア色の肖像画の中にしか存在しないということを。
「誰でもみんな、去ってゆくものなんだ」
読者は本を閉じ、自分の胸に問いかけずにはいられない。私はなにか人生の「よいこと」をしっかりとつかんでいるだろうか、と。
胸に沁み入る短篇集である。
(「マリ・クレール」2004年5月号掲載)
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- 作者: アリステア・マクラウド,中野恵津子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2004/01/30
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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