20世紀をふりかえる
――歴史は「人に痛みを与えるもの」というよりは、「かつて人に痛みを与えたと言われるもの」なのである*1。
パトリク・オウジェドニークの『エウロペアナ(Europeana)』は邦訳で150ページに満たない薄い本だが、副題に「二〇世紀史概説」とある。訳者はあとがきで「本書は、刊行当時、チェコの書店で「誤って」歴史関係の書棚に並べられたことがあった」と書いているが、書店員は副題を見て歴史書だと判断したのだろう。書店員の判断の正誤は両義的である。
フローリアン・イリエスの『1913』は邦訳で400ページを超す厚い本で、副題は「20世紀の夏の季節」となっている。こちらは、訳者あとがきによれば2012年10月に刊行されてまもなく「シュピーゲル」誌の「ノンフィクション・実用書」部門で「ベストセラー第一位」になったという。わたしが買った東京のある書店でもノンフィクションのコーナーに置かれていたが、ここでも書店員の判断の正誤は両義的である。
二冊の本は奇妙に似ている。一方は20世紀の出来事を、もう一方は1913年という1年の出来事をコラージュしたものだ。いずれも歴史上の出来事を作者が(あるいは語り手が)再構成して提示したものだが、そこには作者(もしくは語り手)の恣意が介入する。むろんいわゆる歴史書も、作者が自らの歴史観(イデオロギー)に基づいて事実を取捨選択するわけであり、その意味で客観的な歴史書など幻想にすぎない。この二冊の本はその幻想を前景化した歴史書=小説であり、チェコの書店員も東京の書店員も小説を歴史書として提示することによって歴史の虚構を主張したかったのかもしれない。
「歴史家のなかには、二〇世紀が実質的に始まったのは第一次世界大戦が勃発した一九一四年だと述べる者もいた」(『エウロペアナ』)。
こう唱えた「歴史家」はエリック・ホブズボームである。ホブズボームはむろん著名な歴史家(歴史学者)であり、著書『両極端の時代――短い20世紀1914―1991』*2は「純然たる」歴史書だが、ホブズボーム自身が述べるように「一個人の展望の中で書かれた歴史」(「日本語版への序文」)であり、また一種の自伝と見なすことも可能であり、「誤って」小説のコーナーに置かれてもいいだろう。
ホブズボームは「第一次世界大戦の開始からソ連の崩壊までの期間を「短い二〇世紀」として位置づけた」が、歴史学者・木畑洋一は『二〇世紀の歴史』(岩波新書)で「一八七〇年代から一九九〇年代初頭に至る時代を、二〇世紀として、すなわち「長い二〇世紀」として概観」した(これは東京の書店のどこでも小説のコーナーに置かれてはいない)。
ホブズボームは1875年から1914年までを「帝国の時代」とし、その後に「短い二〇世紀」を想定したが、木畑洋一はそれらを「連続した時代」として概観する。その判断はおそらく正しい。そしてそれにつづく21世紀は、新たな「帝国」の時代(ネグリ&ハート)なのか、それとも木畑洋一が希望を込めて語る新たな「地域秩序」の時代となるのか。あるいは、トマ・ピケティが『21世紀の資本』で論じた資本格差のグローバルな拡大が21世紀の帰趨を決するのだろうか。
前置きが長くなった。第一次世界大戦のはじまる前年の「クレージー・ホットサマー」を描いたフローリアン・イリエスの『1913』は、わたしに「ウィーン世紀末」への関心を再燃させる本だった。1913年は「長い19世紀」*3の最後の年だが、本書が主として記述するドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国においては、芸術・思想運動はいまだ世紀末の圏内にある。これについては、次回に書いてみよう。
「(1913年のモデルネの中心地ウィーンの)中心人物は、ジークムント・フロイト、アルトゥール・シュニッツラー、エゴン・シーレ、グスタフ・クリムト、アドルフ・ロース、カール・クラウス、オットー・ヴァーグナー、フーゴー・フォン・ホフマンスタール、ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン、ゲオルク・トラークル、アルノルト・シェーンベルク、オスカー・ココシュカといった面々である。もちろん、これらはほんの一例に過ぎない。ここでは無意識、夢、新しい音楽、新しい視覚、新しい建築、新しい論理学、新しいモラルをめぐる戦いが荒れ狂っていた。」(イリエス『1913』)
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