ワイズマンのインタビュー記事を見ていたら金井美恵子を読みたくなった


 木曜(23日)の朝日新聞夕刊にフレデリック・ワイズマンのインタビュー記事が出ていた。来年公開予定のThe Paris Opera Balletについて記者がパリでインタビューしたものだけれども、800字にも充たない記事の――本文は15字詰め46行だから正確にいえば700字にも充たないというべきなのだが、商売がら文字数はどうしても200字とか400字を基準に考えてしまう。最近の学生のレポートのようにA4何枚とかいわれてもぴんとこないのだ。ついでにいえば、A4に40字×30行なら四百字詰原稿用紙で3枚、ぺら(二百字詰原稿用紙)なら6枚の分量になるわけで、封筒に原稿用紙を入れて送ってもそれなりに恰好がつくのだけれど、印字したA4用紙が一枚入っててもさまにならない――カギカッコでくくられたワイズマンの言葉は160字程度でしかなく、いったいどれほどの時間インタビューしたのかしらないけれど、この記事をワイズマンが見たら(日本語は読めないだろうが)どう思うだろう。もっとも、ワイズマンは11週間かけて135時間撮影したフィルムを1年かけて2時間45分に編集するというのだから、何十分かのインタビューから20秒程度の言葉しか記事にならなかったとしても当然だと思うかもしれない。
 ワイズマンにはちょうど十年前にインタビューしたことがある。学生時代にパリでおよそ二年間暮らし、8ミリで(むろんフィルムだ)映画を撮りはじめたと語っていた。The Paris Opera Balletは『コメディ・フランセーズ』につぐパリでの撮影になるはずで、アメリカ以外の地で撮影することのほとんどないワイズマンにとって、若い頃に暮らしたパリは特別の場所なのだろう。ワイズマンの映画はその頃まとめて何本か見たけれども、3時間以上のドキュメンタリーを飽きさせずに見せる力量に感銘をうけた。何本も見続けているともっと見たくなるaddictiveなところがある。新聞記事を読んで久しぶりにワイズマンを見たくなった。インタビュー当時は『メイン州ベルファスト』を撮影中とのことだったが、ちょうどいま読んでいる本に『メイン州ベルファスト』をビデオで上映しながらワイズマンについて語った講演が収録されている。
 蓮實重彦の新刊『映画論講義』(東京大学出版会)で、くだんの講演のなかの、マサチューセッツ州にすむアメリカのハイスクールの学生の75%がMassachusettsという綴りを正しく書けないとか、日本の元首相が訪日したさいにアメリカのジャーナリストの間で流行っていたというジョークに笑った。元首相はクリントン大統領と会うまえに、How are you? , Fine. , Me,too. という会話を練習していたのだが、間違えてクリントンにWho are you? と訊いてしまった。クリントンが、I’m Mrs.Clinton’s husband.と答えたら元首相はMe,tooと返した、というもの。これは蓮實さんが何人ものジャーナリストに直接聞かされた話で、じゃあ、あんたはマサチューセッツって書けるかと訊いたら、ジャーナリストの三人に一人は書けなかったという落ちがつくのだけれど、肝心のワイズマンについての話はとりたてていうほどのことではない。金沢の美術館で行われた上映会での講演ということもあるのだろう、啓蒙的な、さらっと流した内容になっている。この本には三十本以上の講演が収められていて、なかの一本はわたしが編集に携わった本から再録されている。その講演のさいに、わたしはおよそ四半世紀ぶりに蓮實さんと再会した。ながく生きているといろんなことがあるものだ。鶴見俊輔の言い草ではないが、人生とは驚くべきものだ、と思う。
 さて、『映画論講義』は、アメリカで行われた小津安二郎についての講演――『秋刀魚の味』での岩下志麻の首に巻いたタオルの指摘。ジョン・ウェインのエプロンのようなものか――など刺戟的なものも少なくないが、ワイズマンにかんしてはもっと面白いことを金井美恵子が書いていたような記憶があり、手近にあるエッセイ集を引っ張り出してあれこれと読みちらしているとひたすら読みふけってしまい、ワイズマンなどもうどうでもよくなって、とめどがない。このところの言語に絶する忙しさが昨日で一段落してようやくかなりの忙しさに戻ったので、まだ買っていなかった新刊『昔のミセス』を買いに行かねばならない。ワイズマンもそうだが金井美恵子も読みだすとくせになる。