《あ》って言ってごらん。
――**ちゃん、あ・そ・ぼ。
――ちょっと待って、宿題やらないで遊びに行くとうるさいんだ。
――じゃあ、先に行ってるよ。
――うん、すぐ行く。待ってて。
――お・は・な。あ・じ・さ・い。《あ》って言ってごらん。《あ》って言ってごらん。
アパートのわきに車がならび、芝生のむこうを河が流れる。洗剤の河。タワシ。コンクリート。
――どこにする。
――う〜ん。どこがいいかな。
――あそこ、行こうか。
――そうだね。じゃあ、あそこにしよう。
そしてむこうの岡のてっぺんの三本の松の木。
そしてむこうの岡のてっぺんの三本の松の木。
――なにか聞こえない?
――なに?
――ほら、ごーって。土の下から。
――ほんとだ。聞こえるね。
(《あ》って言ってごらん。《あ》って言ってごらん。)
――あ。
――なに?
――見て、あれ。
――あ。
――すごいね。
――木より高いよ。
――木を飲み込んじゃうね。
――こっちへ向かってくるよ!
――どうしよう。
――こっちへ向かってくるよ!
――向かってくるよ!
汗。全身の汗。全身の汗。全身の汗。
宗教よ。神よ。天国よ。善よ。
星よ。宇宙よ。島宇宙よ。
人類の終焉よ。
それは、木を飲み込み、
こどもたちを飲み込み、
地上のあらゆるものを飲み込んで、
やがて引いていった。
そして、日はめぐり――、
そしていまこの地球の上に樹々が繁り。蟬はまだ鳴かず。
時は春、
日は朝、
朝は七時、
こども。コンクリート。コンクリート。世界が消える。消えたんだ。あそこで。
片岡に露みちて、
揚雲雀なのりいで、
(《あ》って言ってごらん。《あ》って言ってごらん。)
蝸牛枝に這い、
神、そらに知ろしめす。
汗。全身の汗。
流れる。流れる。コンクリート。
地球がまわる。
そしていま犬はあじさいの花のした。そしてこどもは母親の片腕のなか。
むこうの岡のてっぺんのひょろ長い松の木。蟬はまだ鳴かず。
すべて世は事も無し。
――《あ》って言ってごらん。《あ》って言ってごらん。
*太字は、山崎栄治の詩 「《あ》って言ってごらん」。
一部、ロバート・ブラウニング/上田敏訳「春の朝」より。