本とつきあう法


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 桶谷秀昭の「含羞の文学」について以前書いたことがある(id:qfwfq:20080907)。それは中野重治全集第二十五巻の月報のために書かれた随想で、この巻には中野の映画演劇評、読書随想等が蒐められていて、中野の著作のなかでもわたしのとりわけ愛読する一書である。といっても三十巻におよぶ中野の全集を揃いで持っているわけではない。主要な小説・評論等は単行本や文庫や各種の文学全集の端本で持っているので、そのうえ嵩張る全集を所有する必要も、またその余裕もない。中野は、本の函もカバーも捨てる、と本巻に収録された『本とつきあう法』の「古本の始末」に書いている。むろん一冊でもよけいに所蔵するための苦肉の策だが、明治四年刊『訂正古訓古事記』は二百五十グラム、それをもとにした岩波の日本古典文学大系版『古事記祝詞』は八百グラム、ケーテ・コルヴィッツの『選集』は五百グラム、と一々重さを記述しているところがいかにも実証を重んずる中野らしい。秤に載せて測ってみたのかしらん。
 『本とつきあう法』は一九七五年に出た単行本を刊行時にもとめて読んだが、いまはもう手許にない。ふだん読み返すときはちくま文庫版を重宝している。なかにこういうエピソードが紹介されている。あるとき斎藤茂吉の『童馬漫語』が必要になり、それをある男に貸していることを思い出し返却してくれるように速達を出した。すると相手から電話がかかってきた。「あれは君がおれにくれたのだ。もっと勉強しろといって。それを書いて、そして署名しておれにくれた。要るのなら進呈する。しかし返却ではない。借りないのだから……」。中野はそのとおりであることを思い出し催促を取り消した、という。
 その「ある男」とは私である、と書いているのが大西巨人である*1。大西は「もちろん当然にも私は、ずっと丁重な言い方をしたが」と断りつつ、くだんの『童馬漫語』について興味ある事実を披歴する。
 その本(一九二〇年一月再版)の見返しにはこう墨書されていた。「茂吉がこれを書いた時彼ハ幾つから幾つであったかを思え。人は常に中道にて以外仆れざりしことを思え。/一九五五年正月/中の重」。さらに扉の裏には「大西巨人様/一九五五年正月/中野重治」とあった。ところでこの旧中野架蔵本である『童馬漫語』は、立原道造が亡くなった時に、立原の全集をつくる費用捻出のために友人の杉浦明平らが立原旧蔵書の売り立てを思い立ち、『斎藤茂吉ノオト』の執筆に役立てるため中野が杉浦に請うて入手したものだという。つまり、『童馬漫語』は立原道造から中野重治、さらに大西巨人のもとへとその居場所を移していったわけだが、人から人へと受け渡されてゆく書物というものの面白さがここに端的にあらわれている。

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 堀江敏幸はエッセイ集『回送電車』のなかで、「古本のなかにさりげなくはさまっている紙切れが好きだ」と書いている。


 「映画館や美術館の入場券、裏面に思いがけない広告が刷られている古い新聞の切り抜き、箸袋をやぶって書いたらしい電話番号のメモ、ブルーインクで書かれた流麗な女文字の暑中見舞い、ボールペンで住所に訂正のほどこされた名刺、「上様」とあるなにやら妙に区切りのいい数字がならんだ領収書、皺ひとつない戦前の拾圓札。紙切れの代わりに、何千万年もむかしの琥珀に閉じこめられた虫さながら蚊が平たくつぶされて半透明に乾き、鮮やかな朱が楕円の染みを作っていたりするきわものもあった。」(「耳鳴り」)


 堀江はそうした「黄ばんだ紙の海の漂流物」を見つけるために古本を買っているといっても過言ではない、と書いている。このエッセイで主役をつとめるのは『吉江喬松全集』にはさまっていた新聞記事の切抜きと葉書、名刺である。この短いエッセイの表題「耳鳴り」がその切抜きに呼応して掌篇小説の落ちのような効果をあげているのだが、ここでは立ち入らない。
 わたしもまた古本のなかにひそんでいる「漂流物」に幾つも出遭った。思いがけない新聞記事の切抜きや、投函されなかったはがきについてはすでに書いた。栞代りの領収書やティッシュペーパー、本の要点を細かく抜書きしたメモに出遭うのは日常茶飯事で、堀江のエッセイに書かれているようなお札にも遭遇したことがある。それは板垣退助の肖像が印刷された数枚の百円札で、元の持ち主が本にはさんだときにはまだ流通していたものだ。いまでも使えるはずだが、迂闊に使うと怪しまれるし、銀行で換金するのは億劫だし、とそのままになり、本といっしょにどこかに消えた。
 中野重治の『梨の花』の文庫本には、原泉さんの書かれたはがきが二枚はさまっていた。原さんが知人に献本され、それと同時に本を送った旨を書いて投函されたはがきである。一枚では収まらず、二枚にわたって懇切に近況の報告などをなさっている。岩波文庫に収録されたことをとても喜んでいられる様子がよくつたわる好い文面であった。はがきは本にはさんだまま家のどこかに埋もれている。それらはいずれまた誰かの手にわたるのだろう。手にした人の驚く顔を想像するのも一興である。
 最近入手した「漂流物」についても書いておこう。はじめて出遭った珍品である。本は内田魯庵の『貘の舌』、大正十年に春秋社から発行されたものである。はさまっていたのは竹製の耳掻き。なんの変哲もない安っぽい耳掻きで、元の持ち主が栞代りにはさんでおいたのかもしれない。耳掻きねえ、と指でつまみあげ、ふとその頁を見て思わず莞爾(にっこり)した。章題には「貘の耳垢」と書かれていた。

*1:「一冊の本」、『巨人雑筆』講談社、1980